人身傷害補償保険について(3)

人身傷害補償保険について(2)では、人身傷害補償保険が効果を発揮する場合とはどのような場合なのかをご説明いたしました。その中で、「ご自身にも過失がある場合、人身傷害補償保険から支払われた保険金を先に自分の過失分に充当できる」という趣旨のご説明をいたしましたが、今回は、この点を掘り下げてご説明したいと思います。

交通事故の損害賠償の通常の流れとしては、被害者は加害者に損害の請求をします。双方保険会社がついていれば、当事者の代わりに保険会社がやり取りを行います。人身傷害補償保険は、そんな自分の損害を、自分の保険会社が代わりに支払ってくれる保険と言えます。
この時、人身傷害保険会社は、被保険者の損害を補償することにより、被保険者の損害賠償請求権を代位取得します。つまり、被保険者の損害を肩代わりすることで、人身傷害保険会社はその肩代わり分を相手方保険会社や相手方本人に請求することができるのです。

ここで、例として具体的な数字を用いて説明したいと思います。

『Aさんという方が交通事故に遭い、怪我をした。ここで、加害者をBさんとするが、交差点での出会い頭の事故で過失割合はAさん:Bさんが3:7だったとする。
Aさんは、今回の事故により怪我の治療費や休業損害、傷害慰謝料など人身の損害総額で、裁判基準にして100万円の損害があるとし、人身傷害補償保険に加入していたため、人身傷害保険の保険金により、50万円の補償を受けたとする。』
という例を用意してみました。

問1:Aさんは、Bさんに何円を請求できるか?

この例の場合、Aさんが請求できる全体の金額は、Aさんにも3割の過失があるため、
100万円×(100%−30%)=70万円となります。

つまり、Aさんは、3:7の過失割合により全体で100万円の損害を負っていますが、30万円は自分で負担しないといけないという訳です。さらに、Aさんが人身傷害補償保険に加入しており、保険金として50万円が支払われています。通常の考えですと、「請求できる全体の金額は70万円であり、さらに人身傷害補償保険から50万円が支払われているのだから、70万円−50万円=20万円なのでは?」と考えるかと思います。

しかし、ここで「人身傷害補償保険について(2)」でご説明した『ご自身にも過失がある場合、人身傷害補償保険から支払われた保険金を先に自分の過失分に充当できる』という考えが適用されます。
つまり、Aさんの損害100万円のうち、3割にあたる30万円はAさんの過失分ということになりますが、人身傷害補償保険から支払われた50万円を、この過失分に充当できることになります。

よって、AさんはBさんに、50万円を請求できることになる訳です。
本来であれば、過失分にあたる30万円は自分で負担するしかありませんが、人身傷害補償保険から支払われた保険金を自分の過失分に充当でき、Aさんは自分の損害額全額を補償してもらうことができます。

問2:人身傷害補償保険会社は、Bさんに何円を請求できるか?

冒頭、『人身傷害保険会社は、被保険者の損害を補償することにより、被保険者の損害賠償請求権を代位取得』するとご説明いたしました。では、この例の場合、人身傷害保険会社は、Bさんに何円の請求ができるのでしょうか?

多くの方が、「人身傷害補償保険はAさんの損害を肩代わりして50万円を支払っているのだから、50万円を請求できるのでは?」と考えるかと思いますが、答えは20万円です。
これは、最高裁第一小法廷平成24年2月20日判決において、以下のように述べ、訴訟基準差額説を採用したことによります。

「保険金を支払った保険会社は、保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように、上記保険金の額と過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に該当する額の範囲で損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当。」

『最高裁第一小法廷平成24年2月20日判決』

上記の判決文中の言葉が何を指すか、そして、用いた例に当てはめるとどうなるか、ということを解説します。

・『保険金を支払った保険会社』
→人身傷害補償保険会社。例では、Aさんに50万円を支払った保険会社になります。
・『保険金請求権者』
→人身傷害補償保険会社に保険金を請求する者。例では、被害者のAさんになります。
・『上記保険金の額』
→人身傷害補償保険会社がAさんに支払った保険金額。例では、50万円になります。
・『過失相殺後の損害賠償請求権の額』
→過失相殺後に被害者が請求できる賠償金の額。例では、Aさん:Bさん=3:7で、Aさんの損害額に3割の過失相殺がなされますので、70万円になります。
・『裁判基準損害額』
→被害者の損害額を、裁判基準で求めるといくらになるか。例では、100万円になります。

人身傷害保険会社がAさんに支払った保険金額は50万円、過失相殺後にAさんが請求できる賠償金の額は70万円ですので、この合計額は120万円(下図の①)となります。そして、Aさんの裁判基準損害額は100万円(下図の②)になります。最高裁の判決によれば、この①と②を比較した時に①の方が大きければ、その差額だけ人身傷害補償保険会社は相手方に請求できるということになりますので、差額の20万円のみをBさんに請求できるということになります。

この訴訟基準差額説の目的は、最高裁判決文にある通り『保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように』することにあります。そのため、先に説明した「ご自身にも過失がある場合、人身傷害補償保険から支払われた保険金を先に自分の過失分に充当できる」という運用がなされている訳です。一方で、交通事故被害者にも過失がある交通事故の場合、損害額のうちの過失分は自己負担分であり、請求権を持たない部分です。そこに人身傷害補償保険で支払われた保険金が充当されるのですから、過失分に充当される部分について代位取得は発生しないと考えるべきでしょう。

以上のように、人身傷害補償保険に加入しておくことで、被害者に多少の過失がある場合でも、人身傷害補償保険から支払われた保険金を被害者の過失分から先に充当できるため、損害の補償割合を高くすることが可能になります。なお、裁判基準損害額を上回るか否かの比較については、
①損害費目ごとに行うか
(休業損害、傷害慰謝料、逸失利益等の各費目について、訴訟基準差額説に基づいて差額を抽出していく方法)
②総額で比較するか
(例で用いたように、トータルの額のみで比較する方法)
について、下級審レベルで見解が割れています。計算の仕方上、①の方が代位取得できる範囲については広くなる傾向がありますが、当事者同士の見解の相違がなければ②の方法が用いられることが多く、実務上の解釈も②に寄っていますが、今後争点となり表面化する可能性は充分に考えられます。

 

 
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