Q②-5:労災保険や健康保険を利用すべき場合

Q:交通事故の怪我の治療として、労災保険や健康保険を利用すべき場合とは、どのような場合なのでしょうか?

A過失相殺が予定されている場合や、相手が無保険者の場合、ひき逃げなどで加害者が不明であったり自賠責保険にも加入していなかったりするような場合です。また、労災案件で労災保険を利用する場合、主に休業給付や障害給付の面で特別支給金というものが受け取れますが、これは既払い金として損害と相殺する決まりがないのでもらい得となります。なお、労災案件の場合、実際に労災保険を使うか否かに関わらず、健康保険の利用はできないのでご注意ください。

通常、加害者が任意保険会社に加入していれば、被害者の事故による怪我の治療費は、保険会社の一括対応によって予め支払われます。

「一括対応」とは?

一括対応とは、加害者側の保険会社が、直接医療機関や接骨院へ被害者の治療費を支払う制度です。通常、不法行為により受けた損害については、立て替えた上で相手方に請求するというのが一般的ですが、交通事故の被害者が受けた怪我により治療などを余儀なくされる場合、怪我の程度にもよりますが、治療費を立て替えるのは非常に困難であると言えます。そのような場合に、加害者側の保険会社が直接治療費などを支払うことで、被害者は治療費の立替をしなくてもよくなり、経済的な負担も軽減できることになります。

一括対応時の診療は、基本的に自由診療が適用されます。”自由診療”とは、医療保険制度を用いない治療のことであり、窓口での負担が10割となります。この点は皆さんもよくご存じなのではないかと思いますが、実は、自由診療のもうひとつの特徴として、診療単価の違いがあります。通常、健康保険の場合は診療単価が1点10円、労災保険の場合は診療単価が概ね1点12円と法律で決められていますが、自由診療の場合、医療機関側で診療単価を自由に設定できます1点20円とする医療機関が大多数ですが、中には1点30円とするようなところもあります。このような診療単価の違いにより、損をしたり、経済的負担を強いられたりする場合があります。
では、どのような場合に健康保険(あるいは労災保険)を利用した方が良いか、パターン別に見ていきましょう。

1.過失相殺が予定されている場合

過失相殺が予定されている場合、治療にかかる金額を抑えた方が、最終的に経済的な得が生まれる場合があります

ひとつ例を用いて考えてみます。

  • 加害者対被害者の過失割合が70対30の交通事故が発生
  • 被害者の治療費は自由診療で40万円、健康保険を利用した場合は20万円まで抑えられる
  • 慰謝料は100万円
  • 加害者側には任意保険があり、治療費は加害者側の保険会社が一括対応する

上記のような場合で、治療費に40万円がかかった場合と、20万円がかかった場合とで、被害者の受取額はどのように変わるでしょうか?

上記の通り、健康保険を利用し治療費を抑える方が、その後の損害計算時に、受け取れる金額が高くなることが一般的です。なぜかと言うと、診療単価の違いと、被害者にも過失があることが理由です。

どちらの場合でも、慰謝料として請求できる金額は100万円×70%=70万円ですが、治療費が40万円かかかったケースでは12万円が、20万円かかったケースでは6万円が引かれていることが分かるかと思います。この引かれている金額が、治療費の自己負担分です。被害者側にも過失がある場合、治療費の一部も当然自己負担となってしまいます。治療費が高くなればなるほど、この自己負担分も増えていくことになり、結果として受取額が減少することになります。

なお、明らかに被害者が無過失である場合には、自由診療でも問題はないと言えるでしょう。

2.相手が任意保険に加入していない場合、もしくは自賠責保険未加入の場合、ひき逃げ等で加害者が不明の場合

  • ひき逃げなど加害者が不明である
  • 加害者が任意保険未加入、ひいては自賠責保険料未納等を理由として自賠責保険未加入である

といった場合、一括対応の主体が居ないのはもちろんのこと、最悪のケースとして泣き寝入りという可能性も無い訳ではありません

(1)加害者の自賠責保険が利用できる場合

加害者の自賠責保険に保険金の請求ができる場合は、損害をなるべくカバーできるように治療費を抑えることが重要となります。自賠責保険から支払われる保険金には、

  • 傷害部分…120万円まで
  • 後遺障害部分…等級により4000万円~75万円まで
  • 死亡部分…3000万円まで

のように、補償金額に上限があります。このうち傷害部分が治療費・通院費・休業損害・傷害慰謝料などといった治療に関わる損害を補償する部分になりますが、上記の通り120万円という上限があるので、治療費をなるべく抑えた方がその他の損害が補償されやすくなるのです。実際の損害額との差額が生じている場合には加害者に直接請求することになりますが、お金が無くて払えない」と言って払ってくれない場合や、連絡しても全く応答が無い場合も決して珍しくはありません。そのため、回収可能なところからできるだけ回収するためにも、治療費は抑えた方が賢明です。

(2)加害者の自賠責保険が利用できない場合

ひき逃げ等で加害者が不明だったり、加害者が自賠責保険料を支払っておらず利用できない場合は、自賠責保険からの補償すら受けられなくなります。なお、そのようなケースの被害者の救済を図る事業として、国が管轄の「政府保障事業」というものがあります。健康保険や労災保険及びその他の社会給付等の支払いを以てしてもなお被害者に損害が残る場合に、その損害額を自賠責基準を限度として補填する事業になるので、加害者の自賠責保険が利用できない場合は、こちらを利用するのもひとつの手です。
ただし、申請の条件として被害者が社会保険(健康保険、国民健康保険、労災保険)を利用していることが必要となります。加害者の自賠責保険が利用できないことが見込まれる場合には、必ず健康保険等を利用するようにしましょう

3.労働災害の場合で比較的長期の休業や、怪我の程度が重く後遺障害の認定の見込みがある場合

労働災害とは、業務中に交通事故に遭った場合(業務災害)と、通退勤中に交通事故に遭った場合(通勤災害)とを指しますが、このようなケースでは労災保険を使用することが可能です。一点ご注意いただきたいのが、労災案件に該当する場合は、労災保険を使用するしないに関わらず、健康保険の使用はできません。「」のように治療費を抑える目的がある場合、労災案件であれば必ず労災保険を使用するようにしましょう

ところで、労災保険における各種給付の内、特別支給金・特別年金という名目で支払われるものがあります。例えば、労働災害の影響で仕事を休業した場合の補償は、

  • 給付基礎日額(ざっくり「1日あたりの給料」と思ってください)×80%
    ⇒休業(補償)給付(給付基礎日額×60%)+休業特別支給金(給付基礎日額×20%)

という計算及び内訳で行われますが、休業特別支給金については、実は損害賠償における損益相殺の対象とはなりません

“損益相殺”とは?

被害者が交通事故により損害を被った際に何かしらの補填(利益)を受けた場合、損害賠償額からその補填(利益)相当額を差し引くこと」を指します。例えば、加害者側の自賠責保険に被害者自ら保険金を請求し傷害慰謝料等の補償を受けた場合、加害者側の任意保険会社への請求の点では、自賠責保険会社からの保険金は、補填の一部として予め差し引いて請求しなければなりません。

もともと、労災保険における休業補償も満額補償ではありませんので、差額は加害者側に請求し得ることになりますが、休業特別支給金分は既払いとして考慮せずに請求できるのです(つまり、休業(補償)給付分だけを考慮し、残りの40%分を加害者側に請求することができ、一方で被害者はトータル120%の補償を受けられることになります)。また、後遺障害に関わる給付として「障害(補償)給付」というものがありますが、この給付の中にある障害特別支給金も、同様に損益相殺の対象になりません。

このように、労災保険の各種給付の中には、損益相殺の対象にはならないとして、被保険者(被害者)にとってメリットとなるものがあります。ただし、労災保険の使用にあたっては、会社の協力が必要不可欠な他、手続きも若干煩雑となりますので、受けられる恩恵が少ない場合には、使用しなくてもよいかもしれません。怪我が重篤である場合には、利用を推奨いたします。

※労災保険の概要については、別記事でも詳しく解説していますので、併せてぜひご覧ください。

 

 
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