訴訟で後遺障害を争う場合について
後遺障害の認定結果に不満があり、異議申立を繰り返したり、紛争処理機構への申立を行ったりしても覆らなかったという場合には、訴訟で後遺障害の等級を争うという選択肢もあります。ここでは、裁判所ではどのようにして後遺障害の等級が争われるかということを、簡単にご紹介したいと思います。
■裁判所の基本スタンス
まず何よりも、裁判所は「自賠責の判断を原則として優先」します。そのため、実は対自賠責でとっておけるものは、自賠責でとっておいた方がよいのです。後遺障害等級が認められないことに対し、安易に訴訟を考えるのは危険です。
では、裁判所は、専門的領域の因果関係をどう判断するのでしょうか。これにおける基本スタンスとして、確立度というものを重視します。つまり、その専門的世界で「確立」した考え方(経験則)を、基本的に裁判所は採用します。例えば、「画像所見がなければ痛みの発生は有り得ない」という見解は確立していません。そういったことから、画像所見がないことが、後遺障害を直ちに否定する材料とはなり得ないのです。
また、消去法的発想も重要です。つまり、自ら主張する仮説の正当性のみならず、反対仮説の弾劾、より分かりやすく言えば、他の選択肢を消去する視点も大切なのです。
■どのようなケースで訴訟を考えるべきか
自賠責保険への請求により適切な等級が取れない理由が、資料漏れや検査漏れ、因果関係否定等の理由であれば、本来は訴訟ではなく、充分準備したうえで、異議申立等で適切な等級を獲得すべきです。そのためにも、望む認定が得られなかった理由が何であったかという原因を、細かく分析する必要があります。
そのため、訴訟を考えるべき1つのケースは、「自賠責保険の認定ルールではどうやっても認定されないが、看過できない残存症状が有る場合」です。
(1)本当に自賠責は常に正しいのか?
後遺障害認定の際に自賠責が用いる内部基準は、あくまで認定業務を円滑に進めるための実務的基準に過ぎません。そのため、「自賠責側の主張が常に正しい」という訳ではないのです。
①高次脳機能障害認定基準の不完全さ
臨床現場では、1980年代に高次脳機能障害が発見されることとなりますが、自賠責が認定を開始するのは2001年で、裁判所が認定を開始するのは2002年のことなのです。20年近い間、外傷性の高次脳機能障害患者は交通事故賠償現場から無視されていました。
2001年に始まった高次脳機能障害の認定のうち、外傷性脳損傷の認定は、CTまたはMRI画像に異常所見があることが要件とされており、この要件は現在も変わりません。しかしながら、この基準は自賠責内部でも問題視されており、現在の認定基準では取りこぼしてしまう高次脳機能障害患者がいることが指摘されたり、高次脳機能障害を説明する画像が得られなかった例が10数%あるという報告があったりされています。つまり、「画像所見の無い高次脳機能障害は有り得ない」という医学的経験則は確立していないのです。
②同一部位と加重障害について
・自動車損害賠償保障法(通称自賠法)施行令第2条第2項において、事故以前に既存障害を持っていた者が交通事故によって同一部位に障害を新得した場合には、既存の障害を加重(既存の障害の程度を超えて重いと判定された部分)した部分のみを賠償の対象としています。例えば、既に後遺障害等級14級9号を認定されていた者が、新たな事故で同一部位に12級13号を認定された場合、自賠責からの保険金は、12級13号の224万円から14級9号の75万円を差し引いた149万円が支払われることになります。
では、この「同一部位」と「加重」はどのように判定されるのでしょうか。自賠責の基準上、同一部位は「系列」が同じかどうか、「加重」は等級が上がったかどうかで判断されます。
この同一部位が「系列」で判断されるというところに大きな問題があり、交通事故の怪我として一番割合が高い頸部腰部捻挫等のむち打ち症状については「神経系統の機能または精神の傷害」という1つの系列しかありませんので、再び受傷した場合には、加重した部分のみでしか争えないという運用が長く続いていたのです。これがどういうことかというと、例えば、交通事故の怪我で足に痺れの残存があり後遺障害等級を獲得した人が、別の事故で手に痺れが残った場合、等級が上がらない限り後遺障害として認定されないということがあったのです。
この点については、2015年さいたま地裁判決及びこれを維持した2016年1月20日の東京高裁判決において、「同一部位とは損害として一体的に評価されるべき類型的な部位」であるという基準を立て、「同一部位=同一系列」という自賠責の基準を覆す形となりました。
そのほかにも例はありますが、総じて、自賠責の判定基準にも、「おかしいところ」が存在するのです。ですから、後遺障害の認定を争うということは、自賠責のルールと争うということと同義と言えます。
(2)自賠責のルールと戦う場合の定石
『自賠責の主張する専門的経験則は確立されているのか』、そして、『原因を否定するのであれば、何から症状が出ているのか』という点です。自賠責(保険会社)がこちら側の意見をもし否定するのであれば、相手にも何が原因なのか言わせるということもひとつの手です。そうすることで、症状の原因を2択に絞ることができるのです。
「自賠責が言うから仕方ない」という意識は、被害者専門の弁護士として持ってはなりません。自賠責基準がおかしいと感じる場合には、その基準をたたき、そうすることで少しずつ裁判所の認識を変えていくことが重要です。