交通事故損害賠償請求に関わる時効期限
交通事故に遭った被害者は、加害者や加害者側の保険会社等に損害の賠償を求め、示談交渉等を行うことになりますが、その請求には期限(いわゆる時効)があります。
もっとも、治療や関連手続き・示談交渉が特に問題なく進めば、時効は大きな問題ではありません。
ただし、治療が長期化したり、示談交渉が上手くいかず長引いたりしている場合は、時効が差し迫っている危険があります。今一度、どのような要件になっているか確認し、場合によっては時効の更新等の対策を取る必要があります。
0.目次
交通事故の損害賠償に関わる請求は、「加害者への請求」と「保険金の請求」の2つに大別されます。それぞれで時効の取扱いが異なるので、注意が必要です。
1.加害者(任意保険会社)への損害賠償請求の時効
2.自賠責保険・人身傷害保険への保険金請求の時効
3.労災保険への保険金請求の時効
4.時効の完成猶予・更新について
(1)時効の完成猶予事由及び更新事由一覧
(2)時効の完成阻止は必ず関与者毎に行うこと
5.まとめ
1.加害者(任意保険会社)への損害賠償請求の時効
前提として、交通事故の被害に遭った場合に加害者に損害の賠償を請求できる権利は、民法第709条以下に規定される不法行為による損害賠償に基づくものです。加害者に対する損害賠償請求の時効は、民法の規定内容に基づきます。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第710条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
(不法行為のよる損害賠償請求権の消滅時効)
第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第724条の2 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
交通事故被害における損害は、大きく人身損害と物的損害に分かれますが、それぞれで時効が異なる点に注意が必要です。
まず、人身損害と物的損害で、一部の時効の期間が異なります。具体的には、損害及び加害者を知った時からの時効について、人身損害は5年、物的損害は3年となります。基本的な消滅時効は民法第724条に規定されつつ、民法第724条の2では人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効について5年を適用する旨が規定されています。人身損害の時効についてはこちらが適用されることとなります。なお、長期の消滅時効として、どちらも不法行為の時から20年を経過すると請求ができなくなってしまいます。
短期の消滅時効の規定は、令和2年4月1日施行の法改正によって上記のような内容へと変わりました。それ以前は、人身損害・物的損害に関わらず3年間と規定されていました。なお、令和2年3月31日前(改正法施行前)に発生した交通事故であっても、令和2年4月1日時点で時効が完成されていなければ、人身損害の時効は5年になります。
次に、3年もしくは5年の時効の要件に、「加害者を知った時から」という規定があることが分かると思います。ひき逃げや当て逃げなど加害者が不明な交通事故の場合は、3年もしくは5年の時効は開始されません。仮に、後に加害者が発覚した場合には、その時点が起算点となります。ただし、加害者が不明の場合でも、長期の時効(20年)は進行してしまう点には注意が必要です。
最後に、人身損害の時効については、その起算点が損害の内容ごとに異なります。特に、傷害部分の時効の起算点を治療の終了後(症状固定後)と勘違いしやすい傾向にありますので、注意しましょう。
2.自賠責保険・人身傷害保険への保険金請求の時効
交通事故被害により人身損害を負った場合、その支払いの内訳としては、加害者側の自賠責保険会社が負担すべき部分と加害者(任意保険会社)が負担すべき部分とがあります。
自賠責部分の支払いは、通常は加害者側の任意保険会社が一緒に支払う(一括対応)ケースが多いですが、被害者が直接加害者側の自賠責保険会社に支払いを請求する(被害者請求)することも可能です。被害者が加害者側の自賠責保険会社に直接保険金の支払いを請求する場合を直接請求といいますが、この直接請求権に時効がある点に注意が必要です。
また、被害者自身が加入する人身傷害保険から保険金が支払われるケースもあります。治療当時から人身傷害保険による一括対応がなされているケースでは特に問題にならないと思いますが、加害者側と示談が成立した後に、人身傷害保険からも保険金の支払いを受けられる可能性がある場合、時効が問題となる可能性もありますので、注意しておきたいところです。
自賠責保険への直接請求権の時効は3年
加害者への損害賠償請求権のうち、人身損害の時効は5年でしたが、自賠責保険への直接請求権の時効はいずれも3年です。混同しないように注意しましょう。なお、起算点の考え方については同じです。
自賠責保険への直接請求権を意識すべき場合は以下のようなケースです。
- 治療が長期化しているケースで、加害者が任意保険会社に加入していなかったことから、直接加害者に請求する必要がある場合
⇒一旦加害者加入の自賠責保険に自賠責分を請求し、差額を加害者に直接請求する流れがセオリーになります。加害者が任意保険会社に加入していないケースでは、加害者が請求に一切応じない場合も決して珍しくはないため、自賠責分の支払いだけでも受ける必要があります。 - 後遺障害が残存しているケースで、後遺障害請求結果に対し異議申し立てを検討している場合
⇒異議申し立ての時効期限は、後遺障害請求の結果が通知されてから3年以内に行わなければいけません。事案によっては、異議申し立て資料の準備に時間がかかる場合もありますので注意が必要です。
なお、加害者側の任意保険会社が一括対応によって自賠責分も支払うケースでは、加害者側の任意保険会社が、加害者側の自賠責保険会社に自賠責分として支払った部分を求償することが可能です。この手続きを加害者請求といいますが、加害者請求の時効は、加害者側が被害者に賠償金を支払った時から3年間となります。被害者の立場からすれば、損害の内容や金額によっぽど大きな食い違い(例えば、加害者側が損害の発生を全否定しているなど)が無い限りは、加害者側の任意保険会社が自賠責部分の支払いを行ってくれると思うので安心して良いでしょう。
人身傷害保険への保険金請求の時効も3年
自賠責保険への請求の時効と同様、人身傷害保険への保険金請求の時効も3年です。
人身傷害保険への保険金請求で時効が問題となるのは、主に以下のケースです。
- 示談成立に伴って加害者側から賠償金を受領した後、人身傷害保険から支払われる保険金の額の方が大きいことが分かり、差額を請求しようとする場合
- 裁判等を通じて加害者側と和解し賠償金を受領した後、自分の過失分に人身傷害保険の保険金を充当できることを知った場合
人身傷害保険金の性質として「被害者の過失に関係なく支払われる」、「人身傷害保険金を被害者の過失分に充当することができる」というものがあり、これらを利用して、事故日から相当期間経過後に人身傷害保険会社に請求する場合に問題となり得ます。事故発生日当初から人身傷害保険会社が関わっている場合には特段問題とならないと思いますが、後々説明する時効の更新の関連では注意が必要となる場合があります。
3.労災保険への保険金請求の時効
仕事の業務中や通常の通勤経路上での通・退勤時に交通事故においては、労災保険を利用することも可能です。労災保険を利用することで、各種給付を受けられるほか、特別支給金が支払われるケースもあります。
なお、それぞれの支給申請については、2年または5年の時効が設けられていますので、注意が必要です。
- 労災保険の給付の種類とその内容
- 各給付の請求にかかる時効期限及びその起算点
4.時効の完成猶予・更新について
ここまで説明した通り、加害者側への損害賠償請求に始まり、各保険に関する請求には時効期限が存在します。
交通事故の損害賠償請求が通常通りの流れで進んでいく分には、時効はあまり問題とはなりません。その代わり、治療に長期間を要している、後遺障害請求の検討に長時間を要しているといった場合には、各時効期限には充分注意すると共に、時効を伸ばす、あるいは進行を一時的に停止するといった時効完成阻止に関わる手続きを行う必要があります。
- 時効の完成猶予
⇒一定の事由が生じた場合に、時効の完成が猶予される(時効の完成が先延ばしにされる)というもの。既に経過した時効期間はそのままである。 - 時効の更新
⇒一定の事由が生じた場合に、時効の進行が一度リセットされ、またゼロから時効が進行すること。
時効の完成猶予事由や更新事由及びその効果等については、民法第147条~第161条に規定されていますが、事由によっては、交通事故事件にはあまり馴染みがないものもあります。
(1)時効の完成猶予事由及び更新事由一覧
※「支払督促」とは、金銭や有価証券の給付について、債権者のみの申立てにより、債務者にその支払いを命じる裁判所書記官の処分です。債務者の言い分を聞かずに命令を発せられるというメリットがある他、債務者のもとに督促が到達してから2週間以内に債務者が異議を申し立てなければ支払督促が確定し、裁判の確定判決と同等の効果を得ることができます。なお、債務者から異議が申し立てられた場合には、通常訴訟に移行します。債権債務の内容に比較的争いがないと予想される案件について利用される傾向があります。
※※「強制執行」とは、賠償義務や弁済義務を履行しない人の財産を強制的に取り上げ、その中から賠償や弁済を図ってもらう法的手続です。例えば、相手の預金口座などが分かればその口座のお金を、勤め先が分かればその給料を差押さえるのが一般的です。強制執行を行うには、債務名義(裁判所の判決正本や和解調書)の存在が1つの要件になるため、交通事故事件では裁判上の請求等を経て行うことが一般的です。
※※※「財産開示手続」とは債権者の権利実現の観点から、債務者の財産に関する情報を取得するための手続です。強制執行を申し立てる場合の、対象財産を把握するための手続として利用されます。
- 裁判上の請求等について
交通事故事件で主に関わるのは、訴訟提起及び支払督促の申立てです。
これらはまず、提起や申立てによって時効の完成が猶予されます。また、裁判の確定(判決または和解による終局)・督促の確定により時効は更新され、その期間は10年となります。
なお、各提起や申立てを行った後、取下げ又は法律の規定に従わないことによる却下・取消しによって終了した場合には、その時から6ヶ月を経過するまでは時効の完成が猶予されます。
- 強制執行等について
交通事故事件で主に関わるのは、強制執行及び財産開示手続ですが、これらは、裁判上の請求の終局後に行われることが一般的であり、時効が10年に更新された後の話であることから、時効が大きな問題となるケースはあまり無い様に思います。加害者が任意保険に加入している場合は、最終的に任意保険からの賠償はなされるはずですので、強制執行等の手続きが問題となるのは、加害者が任意保険に加入しておらず賠償の対応等が何もなされないようなケースです。
なお、強制執行等についても、申立てを行った後、取下げ又は法律の規定に従わないことによる却下・取消しによって終了した場合には、その時から6ヶ月を経過するまでは時効の完成が猶予されます。
- 催告について
一覧にも記載した通り、債権者から債務者に対し義務の履行を請求することで、6ヶ月間の時効の完成猶予を得ることができます。債務者に対して催告の上、猶予期間中に訴訟提起の準備等を行うような対応がなされます。催告の時点では、具体的な請求額や根拠を示すことまでは求められません。
なお、猶予期間内に再度の催告を行ったとしても猶予期間はリセットされないため、催告による時効の完成猶予は1度きりとなります。
- 協議を行う旨の合意について
協議を行う旨の合意については、平成29年改正の民法において新たに規定されたものです。改正前においては、時効完成間際で協議が継続している場合であっても、当事者間で時効の完成を阻止する方法が存在せず、そのためには訴訟提起をせざるを得ませんでした。そういった事態を回避するために、当事者間の協議によって時効の完成を猶予させる事由が新たに規定された形となります。
- 債務の承認について
債務の承認は、債務者が債権者の自らに対して有する権利を承認することです。よくある話としては、債権者からの借金の取り立てに対し、債務者が一部を弁済することで時効が更新されるというケースです。債務の承認は、時効の完成猶予事由ではないものの、承認によって時効の更新の効果を生じます。
交通事故事件における保険金請求の時効との関係では、専ら債務の承認による時効の更新が行われていると思われます。被害者の治療が長期に及んでおり、時効期限内に加害者側への損害賠償を提起できないというような場合に、加害者側に対し債務の承認をしてもらうよう申請することになります。交通事故においては、事故態様や受傷の有無に大きな争いが無い限りは、ある程度の損害賠償義務はあると考えてよいと思いますし、加害者側の任意保険が一括対応として治療費などを継続して支払っていたり、被害者に賠償案を示していたりする場合は、それ自体を債務の承認と捉えることが可能です。
(2)時効の完成阻止は必ず関与者毎に行うこと
交通事故事件においては、加害者側への損害賠償請求に加え、各保険への保険金の請求を行う可能性があります。この点、時効の完成阻止は、必ず関与者毎に行わなければなりません。
例えば、加害者側の場合、加害者の任意保険会社は加害者の代理人的立場にあると解され、加害者及び加害者側任意保険会社に対しては、損害賠償請求権の時効に注意を払った上で時効の完成阻止を行うことになります。一方で、加害者側に時効の完成阻止に関わる手続きを行ったとしても、加害者側の自賠責保険会社に対する請求権の時効までは当然のように猶予あるいは更新されません。加害者側の自賠責保険会社に対する請求権は、あくまで自賠責保険金の請求権であり、損害賠償請求権とは別個のものとして扱われるからです。この点は逆もまた然りです。
- 人身傷害保険への保険金請求の点で注意すべきこと
※ここはかなり専門的な内容になるので、一般の方はあまり参考としなくてよいと思われます。この部分に関する話は、下記リンク先の記事が参考になります。
⇒「交通事故における人身傷害保険利用のメリット(本人過失分への優先的充当に特化して)」
人身傷害保険に対し保険金を請求する場合も、加害者や自賠責保険会社とは別のアプローチが必要になります。生じする頻度としてはかなり少ないですが、ひとつ注意すべきパターンとしては、「加害者側に訴訟提起し決着が付いた上で、訴訟基準差額説に則って人身傷害保険に保険金を請求する場合」です。
被害者自身にも過失があるケースで被害者が人身傷害保険に加入している場合、人身傷害保険からの保険金を自らの過失分に充当することが可能ですが、対人賠償先行で支払いを受けていると、人身傷害保険への保険金請求が訴訟終局後と、事故日から相当程度期間が空いて行われる場合があります。この場合、人身傷害保険会社への保険金請求権については、人身傷害保険会社に対して時効の完成阻止等のアプローチを行っていない限り時効が進行し、完成してしまう場合もあります。
5.まとめ
以上ここまで、交通事故事件に関わる損害賠償請求の時効について解説いたしましたが、改めて、解説の要点としては以下の通りです。
- 時効の期限や起算点については、請求先や請求の内容によって細かく異なる。
- 一般的な損害賠償請求の手順を踏む限りは時効はあまり問題とならないが、治療が長期にわたる場合や後遺障害の異議申し立てに時間を要する場合など、請求までに時間がかかる際に意識する必要がある。
- 時効の完成阻止は関与者ごとに実行しなければならない。とある一関与者への時効完成阻止手続きによる効果が別の関与者に及ぶことは(まず)ない。
交通事故に限らず様々な請求の場面においては、時効を迎えてしまうと、請求権者からは一切の請求を行うことができなくなってしまい、大きな不利益を被ることになります。法律というのは、時に一般の方の想定とはかけ離れた規定となっていたり、想像し得ないような決まりとなっていたりすることがあるため、思い込むということは危険です。
交通事故の損害賠償請求の世界においては、既に書いている通り、加害者への請求に時間がかかるような場合の他、加害者側が損害を否定し、根本から賠償を拒んでいるようなケースでも時効を意識した方がよいでしょう。後者の場合は、時効期限の到来によって相手が積極的に時効援用を行う可能性が高いからです。
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そもそも、加害者への請求に時間がかかるようなケースや、加害者側が損害の発生を否定するようなケースは、被害者自身での対応も非常に困難かと思います。交通事故に精通する弁護士に依頼すれば、専門的な見地や豊富な経験をもとに、適切な手続きや交渉を行い請求を進めることが可能です。もちろん、時効期限についても注意を払い、適切に対応することができます。
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