任意保険の”示談代行”とは?

昨今の自動車保険のCMでも、交通事故の当事者に代わって保険会社の社員が交渉等を行う「示談代行」と呼ばれるサービスを目にするでしょう。当事者らからすると、交通事故の被害あるいは加害に関わる損害賠償の話し合いを保険会社が代わりに行ってくれるため、ありがたいという一面が強いかと思います。

一方で、

  • もらい事故の場合は示談代行を利用できない
  • 無過失の場合には示談代行を利用できない

ということを聞いたり、あるいは体験したりしたことはないでしょうか。
また、なぜ保険会社の示談代行は、いわゆる非弁行為に該当しないのでしょうか。
本記事では、示談代行の基本的な仕組みに加えて、そのサービスが法に抵触しない根拠等を解説させていただきたいと思います。

1.事前知識

改めて、”示談代行”とは?

改めて、”示談代行”とは、交通事故の当事者に代わって、保険会社の社員が損害賠償に関わる交渉等を行うことをいいます。交通事故の加害者であれ被害者であれ、損害賠償について交渉や協議を行うには法的な知識も要求される他、精神的に大きな負担を強いられることから、そういった負担を取り除く目的で設立されているサービスです。

この示談代行は、自動車保険(任意保険)の対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険に付帯されるサービスです。詳しく言うと、被保険者(加害者あるいは被害者)からもう一方の当事者に対し一定の損害賠償が予定されている場合に初めて、示談代行のサービスを利用できるようになります。交通事故において被害者にも過失があるとされるケースは決して珍しくありません。その場合、加害者側に発生した損害についても、被害者の過失割合分については賠償責任を負うこととなりますから、その部分については対人・対物賠償責任保険の使用が予定される訳です。
よって、交差点前で停止中の追突であったりその他のもらい事故の場合には、基本的に被害者は無過失であり、加害者への賠償責任は発生しないことになります。そうなると、対人・対物賠償責任保険の使用も予定されないことになることから、同保険に付帯されている示談代行サービスも使用できない、つまり保険会社が示談交渉を代わりに行うことができないということになるのです。

”非弁行為”とは?その根拠は?

一方、”非弁行為”とは、

  • 弁護士でない者
  • 報酬を得る目的
  • 訴訟や紛争・その他の法律事件について
  • 代理・仲裁・和解といった種々の法律事務を取り扱ったり、周旋することを
  • 業とすること

を指します。凄くざっくりと言えば、「弁護士資格を持たない者が、弁護士と同じような活動を行うこと」ということであり、このような行為は弁護士法第72条に規定され禁止されています。

非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止
第72条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

報酬を得る」というのは、金銭の収受に限られません。御礼の品を受け取ったり、対価として何かしらをお願いしたりといったことでも報酬を得たこととされます。
業とすること」という部分は少々難しいですが、単純に「仕事として行っている」という意味だけではなく、一般的に「反復継続性」と「業務性」の二つを備える行為であるとされます。

  • 反復継続性
    長期間何度も繰り返し行う意思があること。学説や裁判上の見解は分かれるところですが、現実には1度しか行っていない場合でも、今後も繰り返し行う意思があると認められる場合には、反復継続性があると判断される可能性が高くなります。
  • 業務性
    その業務を行えるだけの社会性があること。例えば、社内に部門を設けたり、それこそ反復して同種の行為を行ったという実績がある場合などが当てはまります。

とはいうものの、判例上では、反復継続性が重視される傾向にあり、他の職業に従事することがあってもよいとされたり、具体的になされた行為の多少を問うことも必要はないとされたりしています。

2.自動車保険の示談代行は非弁行為ではないのか?

事前知識として、示談代行と非弁行為についてざっくりと説明させていただきましたが、ここまで読むと、「示談代行は非弁行為にあたらないの?」という疑問が恐らく浮かぶと思います。結論としては、ここまで世間一般的なサービスとして広まっているのですから、弁護士法第72条違反には当たらないような仕組みが作られている訳ですが、どのような理屈が込められているのでしょうか。

(1)示談代行サービスの導入と日弁連の懸念

自動車保険において示談代行サービスが導入されたのは、対人賠償責任保険においては昭和48年(1973年)、対物賠償責任保険については昭和57年(1982年)のことです。導入にあたっては、保険会社と日弁連との間で、示談代行サービスの合法性について協議が重ねられました。

当初、日弁連が、保険会社の示談代行サービスについて弁護士法第72条に抵触する疑いを懸念したポイントは主に以下の通りです。

  1. 報酬を得る目的
    示談代行にかかる費用は、約款で保険会社の費用において行う旨を明記し、保険料以外には、費用・手数料・報酬等の支払いを一切受けないこととされているが、新保険として発売する以上、示談代行による利得の目的の存在を否定しえない。
    ⇒「報酬が金銭の収受に限定されない以上、目前金銭の収受を受けることは無いと定めたとしても、示談代行を行うことによる利得の思惑が否定できない」、言葉を選ばなければ「裏があるのではないか」ということでしょう。
  2. 法律事務の「他人性」
    保険会社は、被保険者(加害者もしくは被害者)が負担する損害賠償額を補填する関係にあり、示談内容について重大な利害関係を持つが、あくまで経済的な利害関係に過ぎず、被保険者ともう一方の当事者との法律関係を、当然に保険会社ともう一方の当事者との法律関係とみることはできない
    ⇒当然と言えば当然かもしれませんが、紛争の当事者自身が、その紛争について法律事務を行うことは問題ありません。つまり弁護士法第72条は、「他人」の法律事務を行うことを問題としているのです。その場合、保険会社が被保険者のために示談代行を行うことは、「他人のために法律事務を行う」ことの域を超えないのではないかということです。

特に、法律事務の「他人性」については、果たして被保険者と保険会社の利害が本当に一致するのかという懸念もあります。

(2)保険会社側の反論(昭和46年7月14日最高裁大法廷判決の存在)

対して、保険会社は、昭和46年7月14日最高裁大法廷判決において、弁護士法第72条の解釈や、取り締まるべき非弁行為の基準が示されていることを用いて、以下のように反論しました。

みだりに他人の法律事件に介入すること』になるか否か、つまり、実質的にみて社会に害悪をもたらすような行為か否かが、弁護士法第72条違反の判断基準となるべきであって、形式的に同条に該当する行為の全てが違法とされるわけではない。保険会社の行う示談代行は、この判断基準からみて非弁行為には該当せず適法行為である。

※参考:昭和46年7月14日最高裁大法廷判決の理由一部
…。ところで、同条(弁護士法第72条)制定の趣旨について考えると、弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行うことをその職務とするものであって、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のために必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、何ら規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事務に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。

しかし、右のような弊害の防止のためには、私利をはかってみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りるのであって、同条は、たまたま、縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため行為で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもって目すべき行為までも取締りの対象とするものではない。

つまり、形式的な要件のみで非弁行為を取り締まるのではなく、判決の理由にもあるように、「私利をはかってみだりに他人の法律事件に介入すること」が取り締まられるべきであって、保険会社の示談代行はそれに該当しないということでしょう。

(3)懸念解消のための取決め

その上で、保険会社と日弁連は協議を重ね、被害者救済と弁護士法第72条に関わる将来的な紛争を回避するため、以下のような措置を講じることで意見調整を図ったのです。

  1. 保険会社の社員による示談代行
    示談代行は保険会社の社員が行うものとして、事務の他人性を払拭
    ⇒保険会社が当事者だという前提ではある気がしますが、示談代行を更に外部に任せることなく、保険会社の社員が行うものとしました。イメージとしては、会社の法務部が、会社のために法律事務を行うようなものでしょう。
  2. 被害者直接請求権の導入
    被害者が(加害者側の)保険会社に直接請求できるルールを作り、被害者救済の道を開くとともに、保険会社の当事者性を強く打ち出すこととした
    ⇒通常、被害者は、加害者に対し損害賠償請求を行うことになりますが、約款上で被害者が加害者側の保険会社に直接できる権利(被害者直接請求権)を定めることとしました。これによって、保険会社は、被害者から直接請求を受けることとなるので、当事者性が増すことになる訳です。
  3. 支払基準の作成
    対人賠償保険の保険金または損害賠償額の支払内容に不公平が生ずることのないよう、対人賠償責任保険の保険金の統一的支払基準を作成し、その内容は、裁判における賠償水準等の動向を勘案して適宜見直されるべきものとした
  4. 交通事故裁定委員会の設置
    被害者または被保険者に不満が生じた場合に備えて、中立かつ独立の第三者機関である交通事故裁定委員会を設立(昭和53年3月に「財団法人 交通事故紛争処理センター」に改組され、平成24年4月1日には公益財団法人化しています)。
  5. 補填限度額について1事故無制限制度を導入
    被害者の迅速・公平な救済を図るため、1事故保険金額を無制限とすることとした
    ⇒厳密には、保険金額について「無制限」を選択できるようにしました。

特に、「2」と「5」の点についてですが、とにかく、保険会社の当事者性を強めることが検討されています。被害者直接請求権については個別に言及していますが、1事故無制限制度については、1事故によって支払われる保険金の制限が無くなることで、仮に賠償額が高額となる場合でも保険会社からの保険金支払いで対応が可能となるので、被保険者の債務=保険会社の債務と見ることが可能となる訳です。

(4)対物事故の示談代行について

以上の合意内容は、主には対人賠償の示談代行におけるものです(もちろん、対物賠償に共通するものもあります)。
対物賠償責任保険における示談代行については、ここまでの説明に加えて更に協議が重ねられました。

対物賠償の示談代行に関しては、保険業界は「その業務内容からみて、これを保険会社とは別法人に雇用される調査主任(以下「アジャスター」と言います)が行うことが適当である」と考えていましたが、これに対し日弁連は、「第三者であるアジャスターが示談代行を行うことは非弁活動にあたる」と反論しました。

対人賠償の場合は、前記の通り保険会社社員による対応で完結できるものの、対物賠償の場合は、社員でない第三者が示談代行を行うことになってしまい、新たな「他人性」が生まれてしまうことが懸念されました。

日弁連の反論に対し、保険会社側は、アジャスターが示談代行を行うことの適当性について以下のように加えました。

  1. 対物事故は年間に150万件(当時)も発生しており、これを弁護士ないしは保険会社の社員がすべて関与して迅速に示談代行することは現実的にみて殆ど不可能である。
  2. 自動車による対物事故においては、被害物の圧倒的多数が自動車であるため対物示談代行の実質的内容は相手方の自動車の損害額の算定と過失割合の認定につきる。したがって、損害賠償額算定に当たっては、自動車の構造等に関する専門的・技術的知識が必要不可欠である。アジャスターはその専門家として、現に対物事故の損害額積算業務を行っており、これと合わせて示談代行をも行うことがもっとも合理的である。
  3. 過失割合の認定については若干の法律知識が必要となるが、交通事故の過失割合に関しては、すでに判例の集積によって類型化されており、研修を通じて知識を容易に習得できるし、統計的にみて、対物事故の75%は過失相殺の適用の無いケースである。
  4. アジャスターによる対物事故の示談代行を認めないとすれば、一般の国民には、専門家による迅速・適切な紛争解決の道が事実上閉ざされる結果となり、合理性に欠ける。

こうして協議を重ねながら、最終的には、日弁連と損害保険協会との間で、「対物賠償保険の事故処理に関する協定書」というものを作成し、その内容に従う限り、対物賠償の示談代行を合法であるとみなすようになりました。
その内容は、大まかにいうと以下の通りです。

保険会社は、対物賠償事故処理を弁護士に委任する
かつ、弁護士の下に、これを補助するため必要な員数(※細かい決まりは割愛します)の物損事故調査員(アジャスター)を配置する
③物損事故調査員は、弁護士の指示に従って、事故処理の補助を行う。

つまり、まずは保険会社が対物賠償示談代行を弁護士に委任するという形式によって非弁性を回避し、その補助としてアジャスターを利用するという形式をとることで、弁護士法第72条の問題を解決しました。

なお、現在では、基本的に各保険会社でアジャスターを採用しているようです。当初の協定を経て、示談代行の内部的な形式も、変化しているということですね。

3.示談代行サービスを利用できないケース

示談代行サービスが弁護士法第72条に抵触しないためには、被保険者の賠償責任額が保険金の支払いで対応可能となる、つまり、被保険者の債務を保険会社の債務と同一視できることが重要となります。
その上で、事案の内容や保険の補償内容によっては、示談代行サービスが利用できない場合もあります。

(1)被保険者の賠償責任が無い事故(無責事故)

これはすでに説明していますが、示談代行は、被保険者の賠償責任があって始めて利用できるようになります。そのため、被保険者の賠償責任がない場合には、保険会社が負うべき債務もないことから示談代行ができなくなります。なお、被保険者の過失が現実にあるかないかを問わず、被保険者が無過失を主張する場合、同様の理由から示談代行サービスが利用できない場合があります。

(2)保険会社の支払い責任が及ばない事故(免責事故)

被保険者には賠償責任があるものの、約款・特約条項上の免責事由に該当するため、保険会社が支払い責任を負わない事故である場合です。例えば、故意免責や、運転者の条件(家族・年齢等)に該当しない方が運転し事故を起こした場合等です。

(3)人身損害の賠償額が自賠責保険の支払い限度額内に収まる事故

被保険者の賠償責任額(人身部分)が、自賠責保険によって支払われる保険金で収まる場合です。対人賠償責任保険(任意保険)は、自賠責保険からの支払いで賄いきれない部分について対応するものになるため、自賠責保険からの支払いで相手の損害が補填される場合には、保険会社の支払い責任も発生しないことになります。

(4)損害賠償責任の額が、1事故の保険金額を超える事故

これは、1事故無制限制度の導入と大きく関係する部分ですが、賠償額が高額となり、保険金支払限度額を超えるような場合、保険会社の支払い責任が及ばない部分の代行ができなくなってしまいます。

4.まとめ

今でこそ、自動車保険の示談代行サービスは当たり前のものとなっていますが、世に生まれるまでには、弁護士法第72条への抵触の可能性もあり、何遍もの協議が重ねられてきたという経緯がありました。中には、「なぜ無過失だと保険会社が代わりにやってくれないの!?」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、日弁連との協議の結果、合法性を担保するために一定のルールが課せられているため、仕方がない部分ではあります。もし示談代行が利用できないような事案で、相手との交渉をお願いしたいという場合には、弁護士への依頼をご検討ください。

 

 
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